「指さない将棋ファン」という思想⑥

前章に続いて、梅田さんが注目する社会性という考えについて取り上げてみたい。四章では、経営陣のひとりとしての棋士像ということで深浦九段がピックアップされた。今度は、渡辺竜王である。


(前略)彼[渡辺竜王]の著書『頭脳勝負』をゲラ段階で読んで、私は彼の使命感と危機感に打たれた。(中略)一言でいえば、渡辺さんは、「将棋が強ければ飯が食える」という棋士という職業の前提が、自分の時代には「放っておいたら」崩れるかもしれないという危機感を抱き、その厳しい現実に真剣に立ち向かう使命感と責任感を持った若きリーダーなのである。



この文章を読んで、眉をひそめる人がいるかもしれない。渡辺竜王への風当たりは非常に厳しいように思われる。そのことは差し置いて、なぜ梅田さんは将棋界が前途多難なことを憂うのか?


人間の最高峰がコンピュータに敗れる日が来るとき、果たして、棋士という職業はどう変わるのか。
それは、ベテラン棋士たちよりもうんと長期的な視点で人生を考えていかなければならない若手棋士にとっては死活問題である。



現役の名人がコンピュータに負けて、コンピュータのほうが人よりも「完全」に強いという図式ができあがってしまった。将棋界も前途多難かもしれないが、それは我々だって同じことである。人工知能によって脅かされる職業がリストアップされているのを見たことがあるだろうか。そういうのを見たときに、他人事ではないだろうと思えるのである。丸山九段だったと記憶しているが、「コンピュータに振り回されるのは御免だ」というフレーズに対しても、自分のことに照らし合わせてみると複雑な気持ちになってしまう。
「指さない将棋ファン」にとって、将棋界は社会のミニチュアモデルであると感じるのだろうか。

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