将棋雑誌にみる中学生棋士②

加藤九段が将棋雑誌に特集となって登場するのは、六段になってから。将棋世界と近代世界の両方で組まれている。これは、近代将棋の六段時代の座談会からの抜粋である。参加者は加藤六段(当時)、宮田さんという18歳で都名人でなられた方とその父親。そして当時の師匠の南口八段(当時)。近代世界の編集長でもあり、のちにNHK杯の司会でも有名な永井英明さんが座談会の進行をされている。


永井 (前略)将棋はどこで強くなられましたか。
加藤 九州ですね、むこうで、こちらに入って三級だったから、結局、九州で三級の力をつけたことになります。
(中略)
永井 御家族に好きな方、おられましたか。最初、覚えたのは、御家族から?
加藤 はい。見て覚えました、教わるというより、見て覚えました。
永井 どなたに。
加藤 うちの兄とか、近所の、僕らの年頃の子とか、よくやっているでしょう、縁台将棋というのね。それを見て、覚えたのですね。それから、よく、よその家に、教えてもらいに行ったのを覚えています。(近代将棋 8(3), 1957)



意外といっては失礼かもしれないが、奨励会に入るまでの経歴がごくごく普通で、普通の小学生とあまり変わらない気もする。ただ二、三段の大人を打ち負かしていたこと、3級で奨励会に入会したことを考えれば、まったく普通ではない。むしろ、なぜ六段まで加藤さんが取り上げられなかったのか不思議なくらいだ。
一番印象に残ったのは、このやり取り。


宮田 加藤さん、ほとんど、今のA級棋士とお指しになっていますね。
加藤 A級の方たちとは、まだ半分もやっていない、やったのが、升田王将でしょう。それから花村八段、灘、高島、原田、五十嵐、二上さん、塚田先生もやっていますから、都合八人、やっぱり、やっている。
南口 やっぱり、全部、やっているじゃないか。(笑声)(同上)



いまの加藤九段に通じるものが、この頃からあったというのが微笑ましい。

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