金子金五郎と山田道美

山田道美九段は金子金五郎九段の弟子である。といっても、金子九段は群馬の高崎市で住職をしている身分だった。代わりというのも変だが、京須八段が第二の師匠ともいうべき存在だった。
金子九段への関心を促したのは、梅田望夫さんの著書やブログである。金子九段の文体には、思想性・哲学性が醸し出されていた。他方、山田九段について言うと、最初は金子九段の弟子とは知らなかった。だが山田九段の文章を通じて、その真摯さに心を打たれた。A級に在籍する棋士が、雑誌紙面上でアマチュア向けに講義をするのだ。棋戦に集中したいという考えもあろう。だが、アマチュアが苦手とする原始中飛車対策を提案するために、わざわざ歴史を紐解き、最終的に右四間飛車で迎え撃つことを提案してみせたのだ。このような山田九段の姿勢は、誰でも真似できるものではない。
山田九段も、金子金五郎から薫陶を受けたのか、思想・哲学への関心が垣間見える。山田九段の追悼として沼二段(当時)が書いている。


山田先生の中で、最もすぐれている文章は、34年6月号(近将)の随筆『降級前後』だ。そこには、何となく作者が現われている感じがするからだ。 (山田道美全集・第八巻, p.327)



山田九段がB1級からB2級へ降級したときのエッセーである。A級まで上り詰める棋士が、そこにたどり着く前に降級する経験があるのは珍しいケースだ。ともかく、このエッセーの冒頭ではパスカルの『パンセ』という哲学の古典が引用されている。山田九段はいう。



私達プロが勝負するとき、ある意味で賭と同じ状態にあるからだ。対局者は、勝ち負けに関係なく、対局料という報酬を得るが、勝者は次の対局料を約束され、敗者は順位戦を除いてその棋戦の出場権を一年失うことになる。だから、各棋士はそれぞれの思惑や欲望や恐れや、真剣さをもって、盤に対するのである。 (同上, p.40-41)



賭けという行為が人生の本質の一部だと気づいていたかどうかはわからないが、卓見であると思う。このほかにも、ヤスパースを読んだという記述があったりして、読書家であったことが伺える。
そんな山田九段と金子九段が会話したらどうなるのか。哲学と哲学とがぶつかり合うのか。興味深いところである。金子九段は、山田九段への追悼文を寄せている。
その中にある両者の対話より。


金子 個性的なものがあるから、同等の棋力をもつ二人の間にもヨミに食いちがいの起こることはさけられない。(中略)とすると、食いちがいの中から「チャンス」をつかんだ方が「勝つ」ということになる。
山田 理屈としてはわかる。しかし、遠慮なくいわせていただけば、先生の今のお説は議論のための議論で、私達の実戦家には空論にひとしい。失礼な返事ですが。(同上, p.328)



賭けと将棋とを類比的に考えていた山田九段が、今度は「チャンス」を否定するのは面白い。チャンスと賭けとは密接な繋がりがあるからだ。競馬で考えてみるとこうなる。ある有名な馬が勝つチャンスが高いから、この馬に賭ける。つまり、チャンスの量に基づいて、賭けの判断を行うのだ。
もっとも会話中でのチャンスというのは、文脈が違う。勝つチャンス、あるいは逆転するチャンスというものが、ひとつの対局の中で存在し、そのチャンスを生かすことに将棋の本質があるというのが、金子九段の言いたいことである。山田九段は「チャンス」そのものを否定しているのではなく、金子九段の考えに異を唱えているのである。
金子九段は、山田九段が「具体的な実証を好む」人だと言っている。どんな対局にも必ず「チャンス」が存在することを前提するということは、実証主義者の山田九段としては受け入れられなかった思想だったのだろうか。

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