「将棋『大橋家文書』の解説」という講演に行ってきました

日比谷図書文化館という、千代田区にある図書館で将棋史の講演があるとのこと。増川宏一さんという、知る人ぞ知る将棋史の研究家が講演なさるということで行ってみました。
4階の小ホールが会場で、夕方から講演が始まります。質問したりしていいのかなあなどと思いつつ、向かいました。会場に入ると、すでにほぼ満席状態。60人くらいのキャパシティだったのですが、早めに予約しておいてよかったです。集まっている人は年配の方ばかりかと思いきや、そうでもないようです。年齢・性別まんべんなくといったところでしょうか。
写真に収めたかったのですが、運営の方が禁止の旨を伝えました。
増川さん登場。87歳だそうですが、元気そう。話しぶりも若々しい。レジュメが配布されましたが、基本講談スタイルですね。
講演タイトルにある「大橋家文書」から、そういう名前の書物があるのかと思っていましたが、そうではなさそうです。大橋家というのは、江戸時代から明治時代にあった将棋の家元のうちの一つですね。歌舞伎で言えば高麗屋、茶道で言えば裏千家みたいなもんでしょうか。増川さんの話によると、どうも子供が大橋家家元を継がないので、書き物を売ったそうです。博物館に預けたり、将棋関連の団体に保管してもらうんじゃないんですね。もっとも、まだそういう団体はなかったかもしれませんが。
公式の文書じゃないので、いろんな暴露話が書いてあるそうです。公式文書というのは、建前上のものなんですかね。●●が殺されたのを、オブラートに包んで文書にするんだそうです。日本史は詳しくないので、こういうことが標準的なのかはわかりませんが、興味深かったです。
最後のほうでチェス駒の話をされました。大橋家文書よりもそちらのほうの話を本当はしたいように見えました。なにせ、将棋の歴史やチェスの歴史の本を書いておられる方ですから。私の関心もそちら寄りでした。殆どの方は、「江戸歴史講座」を見に来ているのでしょうか。
私のようなのは、特殊なのかもしれません。
将棋の駒の形は、イスラム教の偶像崇拝物から来ているんじゃないかということみたいです。インドから伝わったので、イスラム教なの?と思いましたが、インドもイスラム教国の時代がありましたね。インドからイスラム圏を伝って日本に来たのか、それともインドがイスラム圏になってから日本に伝わったのかよくわかりませんでした。
質問時間は少し。業界関係者でしょうか。将棋連盟は将棋の歴史を大事にしていないことにどう思うかという質問でした。増川さんの答えは、将棋連盟はゲームをプレイするための団体だからということでした。確か大阪にある大学に、将棋連盟が歴史資料を預けたみたいな話を聞いたことがあります。そんなやりとり中、ふと疑問に思ったことが。チェスの歴史はどこが管理しているだろう。チェスの場合は、オックスフォード大学出版からチェスの歴史本が出版されたりしています。出版物だけなのでなんとも言えませんが、基本アカデミックな研究者が管理してるんでしょうか。博物館にあったりするんでしょうか。
最後に、遊戯学会というところで発表するということを、関係者の方が言っておられました。最後の学会と言っておられたので、ホームページを確認したところ、解散するみたいでした。増川さんが高齢のためということです。後継者がいないんですね。ゲーム学会とかあるのに、ボードゲーム史を研究している人はいないんでしょうか。なかなか難しい問題ですね。

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