続・金子金五郎が唱える将棋教育と思想

河口俊彦八段にしてもそうだが、文体というのは試行錯誤を通じて形成されていくんだと感じる。最初から名文なんて書けるんじゃない。文章を一日書かないと文章力が落ちると言った作家がいたと、最近本で読んで知った。まるで筋トレのようだ。確か詰将棋についても同じようなことを言った棋士がいたような。
ともかく、金子金五郎九段である。初期の金子教室は、指し手の解説が中心だった。背景にあるロジックを意識しているのが印象的に映った。これも実験的になされたのかもしれない。文章を仕上げるときにロジックを全面に出すか、物語性を全面に出すかで全然変わってくる。私は後者を意識的に行なっているが、あまり上手くいってないなというのが本音だ。
金子九段のほうはと言えば、棋士に注目するスタイルを徐々に出していってるように映る。梅田望夫さんだったか、金子九段の加藤一二三論を取り上げていた。加藤さんのその後のキャリアを考えたときに、金子九段の論考は秀逸だったと言っても過言ではない。金子教室の連載が始まってから10年くらい経つのだろうか。その頃には文体が確立されていたのかしれない。
このところ、河口八段の「連載日誌」を開始当初からずっと目を通しているが、なかなか名人について書きにくいというのがあるのだろう。仲のよかった米長永世棋聖や畏敬の念のある大山15世名人、そしてずっと年下の谷川九段についてはあれこれ書いている。しかし、中原16世名人については鋭く切り込んでいないとも感じる。時の名人であった棋士だ。相撲でも、最高位が関脇の元力士が解説者のときは、横綱について語りにくそうであった。横綱になったことのない元力士が、横綱を論評することに気が引けるのだろう。最高位が小結の某解説者を見て、時代は変わったのかなとも思ったりもする。
金子九段にはそういう気兼ねが少ない気がする。木村義雄と名人位を争っていたくらいの棋士だからだろうか。河口八段よりは気楽に書けるというのがあるのかもしれない。大山15世名人が九段位のときの論評がある。


大山の持つ新感覚は私たち昭和初期の棋士が見る古い二枚銀戦術でなかつた。
(中略)語を変えて言えば私たち古い棋士の観念を以つてさした二枚銀でなく、一手ごとに生命の息を感じる生きた駒組であつた。



どちらかと言えば、物語的な記述である。棋譜の説明も行なうのだから、その整合性や論理性を無視することはできない。だがそれを極めていくと、無味乾燥な文章になってしまう。梅田さんが金子九段の文章にはまった一因かもしれない。金子九段の棋士論をさらに追っていきたいと思いが強くなった。

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