金子金五郎が唱える将棋教育と思想③

金子金五郎九段による「金子教室」が単なる棋譜解説から、物語性を出していることは前回述べた。この物語性の傾向が、さらに強くなる。「金子教室」に登場する一流棋士が金子九段によって手際よく分析されるのだ。梅田望夫さんも金子九段についてはいろいろとブログで言及している。が、それらを参照せずに先入観なしで「金子教室」に目を通してみたい。
二本柱ともいうべきか、心理面と論理面での分析が目につく。まずは心理面の分析から。取り上げるのは「金子教室」での升田九段と木村名人との名人戦での対局。ターゲットになっているのは升田九段である。


負けないようにさしていて勝てるのはチャンスがおのずから来るという哲学から来ている。負けまいとする対手への抵抗が圧力になって対手が無理をするのである。
(中略)升田は「勝とうとする」型の棋士であることはいうまでもないが、自分が先手番ならば[いざ]知らず、後手番でもこれを遂行するのには、理論上、矛盾から出発することを覚悟せねばならない。



心理面と呼ぶには、語弊があるのかもしれない。棋風という言葉が一番ぴったりなのだが、それがカバーする範囲が広すぎる。どの仮説を信じる傾向にあるのかという心理面の問題のように映る。金子九段のチャンス論については、以前「金子金五郎と山田道美」でも話した。この金子九段の信念が再登場したこともそれはそれで興味深いのだが、ここでは論理だけでシロクロ言える話以外の要素、つまり心理面の分析を持ち込んでいるということを指摘するだけにとどめたい。
次は論理面での分析について。


升田は読まないで勘でさすことが多い、と観測する棋士も相当にあって、「三つの手段がある時、AとBを読んでみて普通はCを読むものだが升田のやり方はABが着手出来なければCをさすより方法がないという一種の背水の陣的な決断法でくる」といった棋士がある。(中略)直線コースを走ってはいけない自己に不利な局面の時にこの思考形式(取捨法)を採用すると惨敗する率が高い。一部棋士の「升田は将棋が思うように行かないといもろいことが多い」という批評も、あるいはこの思考取捨形式に関連があるのかも知れない。



こちらは単純で、A,B,Cという選択肢が与えられ、AとBが否定されるのなら、選択肢はCしかないということだ。これは論理面での分析だ。金子九段の中に、背景にあるロジックを読み取る精神が根づいているとも言える。
心理面と論理面での分析であるというのはひとつの見立てであり、まだ確証はない。しかしながら「金子教室」での金子九段の棋士分析が、記事が織りなすストーリーのアクセントになっているのは間違いない。

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