羽生善治という奇跡

「全冠制覇はどのように報道されたか」という見出しで、どのように雑誌で取り上げられてきたのかを見てきた。羽生二冠の頃になってようやく、複数冠が大きく取り上げられるようになった。これが自分なりのささやかな結論だった。
いや待てよ、見過ごしていることがあるのではないか。過去の雑誌の記事を見ながら思い返してみた。あることを見落としていた。
全冠制覇というのは、大山や中原といった第一人者だけに与えられていた特権のようなものだった。それもそのはず。全冠制覇は、当然のことながら名人位も所持していることを含意しているのだ。中原16世名人が五冠王になったということが取り上げられたというのは、全冠制覇まであと一歩だからという意味合いを帯びているということだ。だから四冠ではクローズアップされるほどのことではなかったのだ。
その流れが変わる。羽生善治によってではない。米長邦雄という名人経験をしていない棋士が四冠所持したのだ。のちに米長永世棋聖は中原さんから名人位を奪取するが、四冠時は名人ではない。名人と同格と言われる竜王もない。四冠であるということが、それ自体で特別な意味を持ってしまったのかもしれない。
名人経験者でない棋士でも、複数冠を取れる時代が訪れたということだ。谷川九段も四冠を所持している。谷川九段を第一人者と呼ばないのは語弊があるが、四冠の時には米長永世棋聖と同じく名人位を所持していない。羽生さんが四冠以上持つことが、取り上げられるだけのバックグラウンドは既に築かれていたのだ。
「羽生、最年少四冠に」という記事がある。谷川九段から棋聖位を奪取し、四冠になった。最年少という付加価値がつきで、だ。四冠を取ることにニュースバリューがあるのなら、それ以上のタイトルを同時保持しているならば、取り上げるのは言うまでもないことだ。


これまでの四冠王は、大山、中原、米長、谷川の四人で、羽生は五人目の四冠王であるが、二十二歳という最年少記録はすごいの一言に尽きる。
将棋界は羽生時代に入った、といっても言いすぎではあるまい。



「たまたま」巡り合わせがよかった。その一言で片付けるのは簡単だ。しかし、羽生善治は取り上げられるべくして取り上げられたように思えてしまう。

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