全冠制覇はどのように報道されたか⑥

将棋雑誌以外で、トップ棋士が数多く取り上げられるようになった理由はなんだろうか。
羽生さんが将棋界で最初に一般紙で多く取り上げられた存在と決めつけるのは早い。大山15世名人が五冠失冠時に週刊誌に取り上げられたこともある。ほかにも探せば、中原、米長、谷川といったトップ棋士が出てくるだろう。しかしトピックを絞って考察してみると、やはり羽生さんが一番最初なのかなと思ってしまいたくもなる。
羽生さんが五冠王になったときに『潮』という雑誌でインタビューを受けている。記事を書いたのは、神田憲行というノンフィクション作家。『サイゴン日本語学』という著書で、同雑誌のノンフィクション賞を取っているそうだ。将棋関連の記事で名前を見たことがないので、これが最初で最後なのかもしれない。著者と将棋との繋がりは、タイのバンコクで指した、元残留日本兵との対局だ。話はそこからスタートし、羽生さんへのインタビューへと続いていく。


震える手で指した名人戦から四ヵ月、羽生の生活は多忙をきわめていく。
「取材が増えたんですよ。とくに名人戦の前後一ヵ月くらいから急に取材申し込みが殺到しまして、ここ数ヵ月は毎月一◯本は取材を受けていたと思います。



名人戦というのは、米長永世棋聖とのタイトル戦のことだ。やはり永世棋聖である佐藤康光から奪取した竜王位が、羽生さんを五冠王にした。名人を奪取したからなのか、四冠だったからなのかはわからない。ともかく、インタビューが増えたのはこの時期というのは間違いないようだ。
ノンフィクションが羽生善治をどのように捉えるのか興味深い。自分の知る限り、スポーツライターの二宮清純との対談集がある。そのほかにもビジネス書であったり、研究書もあったりする。ノンフィクションの対象として、格好の素材と言えるのかもしれない。かつて、小田実や沢木耕太郎のような自分探し系や、立花隆のような科学系のようなジャンルを日本のノンフィクションは作り出してきた。それらの路線と違う新しい道を模索していたのかもしれない。現代進行形の人物を深くえぐるというのは今でこそ佐野眞一を代表とするノンフィクションで見られる。もちろん、将棋界にもノンフィクションライターは存在する。河口俊彦や大崎善生といった人たちだ。『大山康晴の晩節』や『聖の青春』は、彼ら将棋畑のライターによる優れたノンフィクションだ。しかし、将棋畑の人間でないからこそ書けるノンフィクションもあることに気づかされた。


ところがここ二、三年、羽生の将棋の質が変化してきたといわれている。
(中略)その一端が、「6二銀」事件である。五月に行われた竜王戦の予選、対谷川浩司王将との一局で先手谷川の「7六歩」に対して、羽生は初手を「6二銀」とした。



先崎九段が評したらしい「将棋をゲームとしてとらえた合理主義者」から「駒と盤を使って最高の自己表現を模索している」棋士へと変貌を遂げたのだと、ライターは書いている。羽生さんの変化を二手目6二銀によって代表させるというのは、将棋に詳しくないライターならもちろん、将棋畑の人にも書けない気がする。序盤のたったひとつの手である二手目6二銀と、羽生さんの将棋の変化とが結びつきにくいのだ。そういう意味で、逆に新鮮に映った。木村14世名人が昔6二銀を指したという事実をぶつけ、木村14世名人の棋譜を勉強したのかと、羽生さんに話をさし向ける。


「いえ、私もあとから木村名人が過去に指したことがあると教えられたんです。(中略)」
それでは新戦法をなぜ強敵の谷川にぶつけたのか。
(中略)強敵だからこそ、試しがいがあるということか。羽生は、
「うん」
という感じでうなずいた。



二手目6二銀の顛末については、『変わりゆく現代将棋』の最後にある、梅田望夫さんとの対談の中で少し触れてある。なんでも試してみたい時期だったと、羽生さんは語っている。と同時に、もう6二銀は指さないだろうとも語っている。あまり得な手でないという理由からだ。上述の記事のライターといい、『変わりゆく現代将棋』の対談相手といい、完全に将棋畑の人でないというのが興味を引く。
ノンフィクション的な類型化なのかもしれない。だが新鮮だ。

この記事へのコメント